ハナオコゼの産卵/Laying eggs of Histrio histrio

 

漠然と、そのうち機会があればツガイでのハナオコゼの産卵を観察してみたいと思っていた。 なぜ”漠然と〜”と言うか、というとハナオコゼ自体見つけようと思ってもそう簡単には見つけられるものではない。

今までの経験では7月の初旬〜中旬頃までに流れ藻を見つけてはかたっぱしからタモ網で掬うと稀にハナオコゼの幼魚が見つかる事がある。その程度の稀な出会いでしかない。

さらにオスとメスの見分けなどサッパリ分からない、だから観察したい思いは全開だが奇跡的にオス・メスが採取出来ればの事なので漠然とした思いに止めるしかなかった。

今年の夏もタイドプールの漂着熱帯魚(死滅回遊魚とも言うらしいが、回遊して来る訳ではない、黒潮に乗って流されて来るらしいので死滅回遊魚と言う言い方はしっくりこない)を探しつつ、流れ藻を探すが、ありそうでないのが流れ藻、風向きと波で磯際に流れ着く訳だけど、台風や海が荒れた後を狙って行ってもなかなか流れ藻には出会えない。

ましてやたも網で掬えるくらいまで近くに寄せて来てないとダメだ、さらに流れ藻にハナオコゼの幼魚が纏わり付いているのは希なのでいつもあまり期待はしないが、それでも行く度に必死になって探すと、なぜか諦めかけた頃に1〜2匹のハナオコゼを発見する。

今年は、今までで最も遅い時期(7月22日)に、流れ藻と言うより細かい木っ端切れのゴミが寄せ集まったゴミを何度も掬って探していると幸運なことに3、4センチほどの幼魚2匹と、1センチほどの幼魚1匹を採取する事が出来た。(ハナオコゼは少し大きくなると流れ藻から離れて海底の方に住処を移動するのか流れ藻やゴミを掬っても見つけることは出来なくなる)。

早速、エサ用の小魚も沢山掬って持ち帰り水槽で飼育し始めた、1センチほどの小さい幼魚は2日目には消えていた、溶ける訳はないので大きさが違うので可哀想なことに他のハナオコゼに飲み込まれてしまったのではないかと思われる。他の2匹も多少の大きさの違いがあり、2、3回大きい方が少しだけ小さい方を襲うようなそぶりを見せた事がある。

ハナオコゼの寿命は1年と短い、アオリイカとか鮎も寿命が1年らしい、信じがたい事実だ。 アオリイカは一生魚を食い続けて6、7月の産卵期には3、4キロのビーストになるものもいるらしいが、その一生は想像するしか無い。

ハナオコゼは、オコゼの仲間ではなくカエルアンコウの一種で姿形も間違いなくカエルアンコウ、誰が紛らわしいハナオコゼなどと名付けたのか!そしてその容姿からハナオコゼに出会った当初は数年以上あるいはもっと寿命の長い魚と勝手に思い込んでいた。

水槽で飼育していてもとても元気で水槽の環境も気に入っているように見えるが、毎年11月頃になると水温を25度くらいに保っていても死んでしまう、さらに幼魚から2、3週間で瞬く間に成長して産卵を何度も繰り返す不思議な生態に疑問を感じ、調べたところ寿命が1年の魚である事がわかり驚いた、そしてわずか1年、実際に見える形ではわずか6ヶ月ほどを必死に生きる姿に感動してしまう。

さらに一生懸命なのはオスがいなくても7、8回も産卵をする事だ、半端ない体力の消耗を感じさせるすざまじい産卵行為、こんなに一生懸命な姿を見るとこの不思議な生き物に尊敬の念を抱いてしまう、何度見ても感動してしまう。

でも、2、3日から数日おきに7から8回も産卵するのは信じ難く、本当に産卵なのか? ネットを検索しまくっていると「ハナオコゼの産卵習性と初期発生」と言う論文が見つかった、1955年7月15日マスアミに入った7匹のハナオコゼを飼育、観察、7月20日から9月8日までに8回の産卵が行われた、とある、全く同様に昨年は6回、今年は8月15日から9月29日までに7回の産卵をしている。

そしてなんと言うことか、偶然にも(と言うか奇跡的にも)今年の2匹は少し大きめの方がメスで、もう1匹がオスでである事が判った(見分けはつかないが)、小さめの方は産卵をしないし、メスの産卵が近づくと口でメスの大きく張ったお腹を押して産卵を促すような仕草をし始める、さらに決定的なのはメスだけで産卵した場合はゼリー状の薄い膜で出来た卵塊がかなりの量で2、3日すると傷んで水が汚れてしまうが、今年は2、3日で大きな卵塊は消滅してしまうが水は全く汚れない。 思うに受精卵なので傷む事なく(水が汚れる事なく)卵が孵っているからではないかと思う。(卵が孵る期間が異常に早いように感じるが、、、)

ちなみにゼリー状の大きな卵塊の卵らしきものは肉眼では全く確認できず、ただ透明のゼリー状の膜にしか見えないが、顕微鏡で観察すれば卵核が確認できるらしい、1955年の論文には観察の様子が記録されている。

念のため卵塊の一部を小さなフィルターなしの小さな水槽に分けておいた、ブクブクによるエアー供給のみで水質を維持、その水槽に沈んだわずかな汚れみたいな沈殿物を水ごと拡大して撮影したところ何か小さなものが動いているのが確認できた、ハナオコゼの幼生なのか、たまたま海水の中に紛れ込んでいた微小生物かは分からないが、しばらくこのまま様子を見よう思っている。

つまり、漠然と思っていた事があまりにも早く実現できてしまったのである、しかも2年ほど前にも撮影したが、何時間も撮影しっぱなしにしなければならなかったためドライブレコーダーで撮影した産卵シーンがとても画質が悪く不満だったが、今回は産卵シーンもしっかりデジカメでクリアーな動画に収める事が出来た。

このハナオコゼ、本当に不思議の宝庫ような魚だ、6月の中旬ごろにはまだ3、4ミリ程度の真黒いヒキガエルのおたまじゃくしがカエルになったばかりのような、怪しく蠢く謎のような生き物にしか見えないが、7月には2、3センチ以上のちょっと変わった形のお魚に、

それからわずか2、3週間の間に小魚を、必死に食べて、食べて、たちまち十数センチ以上の立派な成魚に成長すると一息つく暇もなく食べては産卵、食べては産卵、ととにかく必死に生き、必死に子孫を残そうとする本能とは言え必死な生き様は感動に値するし、まさにこの生き物の生き様、一生懸命さにリスペクトしている。

そして見た目以上に非常にグルメで繊細な神経を持った生き物だと感じた、大抵のハナオコゼは生きた魚しか食べないが、稀に餌付けができるハナオカゼもいるみたいだ、

以前飼育したハナオコゼはエサをワリバシでつまんで与えると割り箸ごと噛み付いて食べるが、イワシや採ってきたばかりの魚の内臓などは飛びついて食べるも、のどのあたりに第二の歯があるらしく味か食感に違和感を感じるらしくすぐに吐き出してしまう、

新鮮な青魚や採って来たばかりの魚の切り身などはお腹の中まで飲み込むが、いつのまにか吐き出している、このハナオコゼの場合はミミズは良く食べてくれた、かなりの好物の様子だった。

しかし、一昨年のハナオコゼも、今年のハナオコゼも、一瞬ミミズの動きに興味を示すが、全く食べようとはしない、すぐにミミズからは目をそらし、その後他の魚がミミズをつついても見向きもしない。

全てのハナオコゼはどうも生きた活きの良い魚を丸呑みすると、暫くの間はお腹の中で魚が暴れ悶えているらしくお腹がブルブル振動しているのがよく分かる、これがたまらなく気持ちが良いのか、その度に幸せのオーラを放ちまくっている、究極のクルメだッ!

そして、これも全てのハナオコゼに共通しているが、大小様々な魚を一緒に水槽に入れておくとちょっとパニックを起こして小さな魚が自らハナオコゼの口に飛び込むことは意外とよくあるが、勿論労せずに美味しそうに頂いている様子だ、

しかし自ら魚を食べようと物陰に身を潜めて待ち構えているときは出来るだけ大きな魚を待ち構えている様子だ、自分より大きい魚も飲み込む事があるらしく、朝に気がつくとよもやこの魚は食べられまいと確信していた魚が消えている事がよくある、

信じがたいが一晩で消えてしまうのはハナオカゼの仕業しか考えられないのだ。 食べ物に限らず繊細な神経を持った生き物と言う共通点はあるが、性格、気質、習性といった面では個々に個性を持った生き物で、見ていても、全く飽きない、発見の多い、興味深い魚だ。

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